
1時間51分の旅に出発
とある休日の昼下がり。窓の外を眺めながら『いい天気だな〜』と思いながら、同僚が『重慶に藤原とうふ店がある』と言っていたことを急に思い出した。超がつくほどの出不精の私だが『近かったら行くか〜』と思いながら地図ソフトに『藤原豆腐店』と打ち込んで見た結果『1時間51分』。地下鉄とバスと徒歩18分…。『う〜ん、微妙な距離だけど意外と近いな… 行くか〜、天気もいいし… 』と渋々? 行くことにしたのである。

重慶の都市部から徐々に南山という海抜682mの山に向かう行程である。まずは、30分の地下鉄、1時間弱のバスの行程である。地下鉄でもバスでも中国人は周囲を気にせず、大声で話す。席が空けば相変わらず激しい争奪戦。席を譲る人もいれば、後ろから割り込んで席を奪う人もいる…。そんな状況に耐えながら、バスはワインディングを上りながら、徐々に坂道が急激になっていく。

南山は重慶観光名所のひとつであり、寺院や古道、植物園、湿地公園などがあり、少し曇っているが景色もよく、まずまずの観光客がいた。何より都市部より空気がキレイという理由が大きいかもしれない。
そうこうしているうちに、バスもようやく最終地点に到着。ここから徒歩18分である。サングラスを掛けながら、ちょっとしたハイキング気分。さすがに観光地でもあり、飲食店や土産屋も多いのだが『本当にこんな辺鄙な山里に”藤原とうふ店”などあるのかな?』と疑いを持ち始めたその時、急に現れたのであった。
その前に… 藤原とうふ店とは?

ご存知ない方もおられると思うので、店舗に到着する前に『藤原とうふ店』についてふれておこう。タイトルにもなっている『藤原とうふ店』とは、1955年から2013年まで連載された作者しげの秀一氏が描く『頭文字D (イニシャルD)』という漫画に出てくる主人公”藤原拓海”のお父さんの”藤原文太”が経営している豆腐屋である。
物語はドリフトの若き天才 ”藤原拓海”がトヨタ・スプリンタートレノ(AE86型、愛称ハチロク)に乗りながら次々と峠バトルを制してゆく痛快レースバトル物語である。
なぜこの中国までここまで主役でもない実家の豆腐屋が有名になったかというと、主人公の乗る”ハチロク”のドア面に『藤原とうふ店』とペイントされていたからであろう。今で言うダサかっこいいであろうか⁉︎ 素晴らしいアイディアである。
実在した藤原とうふ店

本当に実在した『藤原とうふ店』。中々感慨深い想いである。日本のアニメ文化が中国で受け入れられ、おそらく熱狂的なファンであるオーナーが遠く離れた重慶の辺鄙な山奥で商売として始めたのであろう。
また、これまで道中で見てきた重慶本来の飲食店とは一線を画している佇まい。テラスがあり、ウッドデッキも映えている。昼の2時くらいであったが、若い男女が十数人くらいがたむろしている。

ある程度は想像していたが、やはり撮影しまくりである。立ち替わり入れ替わり、携帯やカメラを持ってパシャ、パシャ、パシャ。店側も撮影ありきで店舗を作っているのだ。
そんな風景を眺めているうちに、ドンドン若い客が入ってくる。店に入るのも忘れて見ていたら、最大20人くらいになっただろうか⁉︎ 滞在時間はほんの1時間程度だったのだが、すごい集客力である。

中でも面白かったのが『イニシャルD』に出てくる『真子と紗雪』的な女性が集まってきていることである。意識して服装など真似ているのだろうか⁉︎ こんな重慶の山奥で『イニシャルD的な女性』に遭遇するのはとても不思議な感覚に包まれる。

店内に入ってみた。10畳くらいのテイクアウトメインの店舗の様だ。狭い店内の正面の壁一面の『イニシャルD』のパネルが目を引く。外装だけでなく『やっぱり全面的に『イニシャルD』を売りにしているのか〜』と改めて感じた。当然のことながら著作権違反だろうが、これが中国式。取り締まられる日が来るまで、分かっていながら目一杯稼ぐのである。

イニシャルD以外にもエバンゲリオン、ゴジラなど日本文化満載である。オーナーの日本文化愛が伺える店鋪造りである。嬉しいやら悲しいやらである。
店長とのなんちゃって取材で新事実が発覚
店内を満喫していたら、オーナーらしい青年が現れたので、声を掛けてみた。日本文化への熱い想いや、『藤原とうふ店』という店舗を構えた背景など、聞けるかもしれないw。

あなたがオーナー?

いえ、僕は従業員です。

そうなの?オーナーはいる?

いえ、オーナーはいません。普段からあまり店に来ません…(苦笑)

なんだ…残念。藤原文太みたいなファンキー親父が見れると思ったのに…。

そうなの?でもオーナーめっちゃ日本文化好きなんでしょ?この店舗もスゴイじゃん‼︎

いや、あまり……(苦笑)

じゃあ、車とかバイクめっちゃ好きなんでしょ?お店始めるくらいだし‼︎

いや、それもあまり好きではありません。。

マジか… 商売人か…。これまた残念、裏切られまくり…。

あの… あなた日本人ですか?

おお、そうだよ。日本人もたくさん来るの?

いえ、日本人はほとんど来ません。若者ばかりです。

そっか。ま、いいや、この店のオススメはなに?メニューある?

あります!オススメはハンバーガーです‼︎

いやいや、私の意味は、豆腐はあるのか?という意味だよ。

あります‼︎ 『文太豆腐』です‼︎

おおっ〜‼︎そうか。じゃあ、それと他のオススメは?

ハンバーガーとココナツジュースです‼︎若者はみんな頼みます‼︎

OK‼︎じゃあ、それもお願い‼︎

店内も写真撮ってもいい?

ええ!どうぞ!どうぞ!いっぱい撮ってください!
感じのいい店長であったが、会話は残念な内容であった。オーナーが日本文化愛に溢れていると思いきや、根っからの中国商売人であったのには裏切られたが『藤原とうふ店で豆腐が食べられるのか?』という検証は成功である。

ようやく念願の豆腐が来たのだが、揚げ豆腐である。しかも重慶仕込みの辛い豆腐。典型的なファーストフードである。なんの拘りもない…。 おそらくメイン販売はハンバーガーとココナツジュースなのであろう。本命のとうふは『藤原とうふ店を名乗る上で、豆腐はないといけないだろう〜』的な申し訳なさそうな存在感であった。
見事にハマっていたMarketing
著作権違反なのは頂けないが、なにはともあれ、周囲の店とは一線を画した雰囲気で、若者が溢れかえっているのである。昼下がりの時間帯にもかかわらず、立ち替わり入れ替わりである。

それにしてもMarketing視点で見ると、見事にハマっている。すごく頭のいい老板(オーナー)だと感じる。

Product/Price=商品/価格・・・若者ウケするハンバーガー&ココナッツジュース。価格は高め設定だが、ハンバーガーは意外と本格的で美味しかった。手がベタつくのでビニール手袋のサービスもある。店舗名『藤原とうふ店』と言うだけあって、一応『文太豆腐』もある。
Place=場所・・・南山という都市部からちょうど良い日帰りツーリングコースでもあり、こんな山奥にもかかわらず、バイカーも多く集まっている。ウッドデッキやカフェテラス、眺めのいい景色も相まって、少し贅沢な気分を味わえる。
Promotion=集客・・・言わずもがな『イニシャルD』一色。撮影有きの店舗作り。わざと日本語を残すことにより、中国人にとっては、極上の特別感。ちょっとした観光地である。店長は『昨年から始めた』と言っていたが、広告宣伝は少しで済んだはずだ。中国の場合は、物も人も信用しない代わりに『クチコミ』が絶大なる信頼を持っているからである。
急に思い立って、1時間51分の旅に出たのだが、収穫の多い1日であった。日本アニメ文化が我々の知らないところで、こんなに熱を帯びていることが実感できたし、面白いMarketing事例にも出会えた。何より日本ではありえない『藤原とうふ店』で豆腐を食べることができた。日本ではありえない体験ができて、満足のいく1日であった。
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